1300年以上の歴史
風呂敷は、1枚の布であり、1300年以上にわたって使われてきました。
名前は何度か変わったかもしれませんが、形はほとんど変わっていません。
風呂敷には先人たちの知恵と魂が込められています。
限られた土地や資源、小さな住まいであっても、日本人は幸せに暮らし続けてきたのはなぜかというと
彼らは自分たちが持っているものに対する感謝の気持ちを忘れず、知恵と創造性を発揮しています
必要な量を必要な時に効果的に、最後まで適切に使用すること。
風呂敷の歴史
風呂敷の歴史には二つの流れがあります。一つは風呂敷が包み布として歩んできた流れです。
物を布で包む習慣は古代から続いています。
奈良時代(710-794年)から、貴重品を「包み」と呼ばれる布で包んで保管していた記録が残っています。
書類には、鎌倉時代(1192-1338年)に「衣包」と呼ばれる布があったことが示されています。
これらは、今日私たちが包み布として使っている風呂敷の前身でした。
名前は時代とともに変わりましたが、習慣は変わりません。
Koromo(衣)=服 + Tsutsumu(包) =包む
風呂敷の使い方は時代とともに進化し、伝統的な役割から現代の用途へと適応しています。
その後は?
一方で、銭湯(風呂)が一般的になるにつれて、「風呂敷」という言葉の使用も増加しました。
「風呂敷」という言葉は、徳川家康(1543-1616)が残した品物のリストに見られます。
それは入浴時に使われる布を指していました。
元々、風呂は浸かるための浴槽ではなく蒸し風呂であり、人々は風呂敷を使って入浴中に服を包んでいました。
服が他の人のものと混ざらないようにお風呂に入っていました。お風呂から出ると、人々は~を使っていました。
足を拭くため、また着替えるときに立つための布。
「平包み」と風呂敷は形や使い方が似ていたため、次第にその区別はなくなっていきました。
日常生活の中で、江戸時代中期には人々が包み布や風呂敷を一般的に呼ぶようになりました。
過去と現在
包むことと試すことが風呂敷の本質的な要素です。
これら二つの言葉の日本語における起源は非常に興味深いです。
「包」(つつむ)の漢字は、胎内の赤ちゃんを愛おしそうに見つめる女性の姿に由来しています。
「結ぶ」(結)の文字は、何かに形を与えることや無から何かを作り出すことを意味します。
"おむすび"は、おにぎりのことで、ご飯を押して形を作ることを意味します。"身を結ぶ"、
果物を育てるとは、何もないところから果物を育てることを意味します。布の一片で形を作り、目的を果たします。
さらに、物を包むことで、それを大切に扱い、受け取る人への敬意を示しています。
風呂敷は日本人の繊細さを反映しています。
Ref.Text: 山田悦子 / 写真: 岡本幹司『風呂敷つつみ - 風呂敷完全ガイド -』
©Banana Books(TRANSVIEW株式会社)発行
山田繊維株式会社について 風呂敷専門店 MUSUBI
風呂敷は日本の伝統文化の一つであるにもかかわらず、社会の近代化に伴い使われなくなりました。
持続可能性の観点から、風呂敷は再び環境に優しいアイテムとして認識され始めています。
会社の簡単な歴史
1937年 山田勘七商店 創業
1959年 山田繊維株式会社が設立されました
1966年、第2代社長「山田耕一」が就任
1974年、山田繊維は企業の責務を果たしたことに対して贈られる賞を受賞しました
1984年に国際貿易が始まりました
1992年、会社の資本金は2,750万円に増加しました
1994年東京店オープン
2003年、第3代社長「山田義雄」が就任しました。
2005年、むすび京都店がオープン - 地元の特産品を推進し、地域の製品を販売 -